moufu & go

毛布をかぶって、ベッドへGO。

色々やることがあるので、ベッドにパソコンを持ち込んで作業を続けている。
壁に大きなクッションを置いて背もたれにするのは、オーストラリアの寮で日本人の友達の女の子がしていたのをずっとずっと真似したまんま。
ついこの間お母さんになった彼女は、優しく朗らかで、楽しいことや美味しいこと、眠ることが好きで、小説や音楽が好きで、そこにはひとつも衒いがなくて、一緒にいるとただただ心が楽になる、楽でいられるそんな人。
日本に帰ってきてからも、時々会って、気が済むまで、それぞれの最近のことや、お互いの心の話をたくさんした。

今でも私の何かの基準、規範、そんなものを彼女に委ねている。

彼女もまた色んな干渉や束縛を受けてきた人だった。
それでも彼女の中には手つかずの大きな温かい湖みたいなものがあって、私を含め友達はみんなその湖の美しさと、そこからくる温かい空気の恩恵を受けている。
どうやったらあんなふうに、心のやさしさを保つことができるんだろうなと思う。
されてきて嫌だったことを、嫌だったと心底思うから、それをそこで終わらせようとする時にだけ、またされようとすることを拒絶する時にだけ、彼女は厳しい顔をするのではないかと思う。

そうやって断つことで、誰かが知らず知らずのうちに救われたりもしているのかもしれない。
そんな、人知れず傷ついてきたけれどいつも笑っている顔を思い出すやさしい人が、周りに多い。



毛布をかぶって、そろそろまりお社は消灯。
よるべなく、とにかく孤独で、ひとりで綱渡りするしかなかった頃の数年前の記憶がまだあって、でもそれはもう、誰かがかけてくれた暖かな毛布の下で癒されている。

最近は、ぽかぽかと、温かいことは素晴らしい、というサーモマグ弁当信者みたいなことを考えている。
温かいものがちゃんとあるから、今は、どんなに悲しいことを思い出しても、サンバ隊がレクイエムを歌ってるようなものだ。
なので、私はすべてを含んでなお強い、"今"を書きたい。
なんとかデザフェスに間に合わせたいZINEに込めたいものは、それだけ。

人間の"成長"は螺旋状、というけど、私はどちらかというと
成長というより変化と言いたいし、螺旋状だなと思いつつ、あえて言うならそれは湖のようなものだと思う。
あの頃の水と今の水は、同じ湖のものだけれど、混じっているかというとそうでもない。
でも混じらないかというと、そうでもない。
人間の一生は、大きな湖のようなものかもしれない。
大きければ良いというものでもないけれど、水際はゆっくりと広がっていくのだろう。
色んなものがそこに解けて。




おやすみなさいませ。
moufu & go.
let go of the past that went past.

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